04/08/2026
玄奘の死、レメディオス・ラ・ベジャと普化の消失
https://youtu.be/Y9dy_THONvc?si=qLxpcD9r12eUt-1U
喪失ではない消失である。
西遊記10巻にて三蔵玄奘一行が天竺に辿り着き如来のもとに向かう途中、大きな河にぶち当たり渡河に躊躇している時、河上から船底の無い船を漕いで雲水僧(正体は如来)が現れる。
小説の玄奘はひたすらに女々しくて情けない。
嫌がる師匠を弟子たちは宥めすかして底無し船に何とか乗せて船を漕ぎだすと向こう側から何かが流れてくる。
よく見ると何とそれは玄奘自身の死体ではないか。
「おめでとうございます!お師匠様」と喜ぶ弟子三人。
それは玄奘が俗体を捨て仏の身となった証だった。
これを読んだときに百年の孤独に出てくる小町娘のレメディオスと臨済録のトリックスター普化の物語が思い浮かんだ。
どんな話なのかは敢えて割愛するので是非ご自身で著作を買い求めて読んでみると良い。
死を超越する存在、それが物語として共通性を以て時代と地域を越えて発生している事に不思議な感覚を覚える。
きっと人類の普遍的な願望なのだろう。
だがそれは本当に我々が望んでいる状態なのだろうか?
この三者三様の物語は実はメタ的な要素が強く、不死性と人としての幸福や快楽は得てして両立しないことを示唆している。
三人とも特別な力はなく、三人とも浮世離れしていて、三人とも世間の常識には馴染めず、三人とも最後まで童貞・処女だった。
現実の玄奘三蔵はスーパーチートキャラだ。
一度見たもの聞いたものを完璧に記憶し、初めての土地でも即座に言語を身に着けて会話に困ることもなく、14年間休まず取経に邁進して帰国してからも休まず翻訳に取り掛かり、そのおかげで日中双方の文化は大きな影響を受けいわゆる「東洋的な様式」の下地が出来上がっている。
一人の功績・影響力としては余りにも大きすぎて複数人居たのではないかと勘繰るが「糞真面目な南方熊楠」だと思えば十分有り得るので己の非力さを呪ってしまいそうになる。
『西遊記』の三蔵法師のモデルになった中国仏教史上最高の天才で超人 玄奘の生涯を紹介します。チャンネルメンバーシップ、はじめました。...