フミヤスポーツは、1952年3月池袋にデビスカップ1日本代表でもあった現代表取締役社長倉光哲の父、倉光安峯が創業しました。西武百貨店池袋本店前にスポーツ用品販売店をオープンし、スポーツ談義で親睦を深めてもらいたいと喫茶を併設。西武の堤オーナーもよく顔を見せていました。その後、社屋を新設し、西武グループとも絆を深めていきました。
1969年には、池袋と渋谷の西武百貨店内に「フミヤテニスショップ」をオープン、また東伏見に「フミヤテニススクール」を開設、まさに現在のフミヤに繋がる記念碑的な年となりました。
その後も精力的に活動の幅を拡大して行き、1976年には第一生命相娯園グラウンド内に「相娯園フミヤテニススクール」を開校、1983年にはこの相娯園グラウンドでテニスの小学生日本一を決める「全国小学生テニス選手権【ZENSHO】」を開催するまでになりました。今世界で活躍するプロ選手のほとんどが【
ZENSHO】の出身者です。まさにプロへの登竜門となり、現在に至るまで毎年開催されています。
さらに、名門と謳われた高級テニスクラブ「湯河原ラケットクラブ」をはじめ、全国のテニスクラブの企画立案から完成・運営までをプロデュースさせていただき、テニスファンを魅了してきました。
1999年、倉光哲が代表取締役に就任。プロテニスプレーヤーとして活躍した経験や実績を武器に、レジェンドとして親子二代にわたり「テニス愛」に溢れた会社経営を実践しています。
精力的にテニスの講習会等を開催し後進の育成にも尽力、倉光哲自身のプロテニス経験から「ライジング打法※3」を推奨したレッスンを展開、現在世界で活躍している錦織圭選手もこれを実践しています。
更にコーチ育成にも力を注ぎ、都内近郊のテニススクール運営を受託し、テニスの楽しさや深さを、テニス初級者から上級者まで皆で共有する事業も行っています。
テニスを通じて「スポーツ立国日本」を目指し、「テニス全方位」をモットーにフミヤスポーツは歴史を重ねて参りました。
老若男女、もっとたくさんの人たちにテニスに触れて欲しい、その強い思いを胸にこれからもフミヤスポーツは歩み続けて行きます。