01/06/2026
『道を究める』
今日、我が国には多種なる武道が存在する。剣道・居合道・杖道・柔道・空手道等々そのいずれにも、当然の如く「道」という言葉が付く。野球・サッカー・バスケットといった所謂西欧発祥のスポーツとの異なりはこの点にある。つまり武道とは道を究めることであり、言い換えればその効用は身体的向上に留まらず、精神的な成長をも意味する。
元来西欧型スポーツの多くは、遊戯からの発展であるのに対し、武道とは我々人間が有史以来繰り広げてきた闘いの産物であり、つまりは命を懸けた末の伝統である。故に、自ずとその中には肉体を越えた精神的高揚が必要とされ、「慈悲」の心を持ちつつ、更に「恐怖」「怒り」「疑心」といった人間の弱点を克服すべきものとして、永年に渡り培われてきたものであろう。
こうした中で、今日「武道のスポーツ化」が叫ばれて久しい。「目先の勝敗に拘り、武道本来の心を見失っているのではないか」などといった苦言をよく耳にするが、それも敢えて否定は出来まい。戦後80余年に渡って平和を享受してきた我が国に於いて、既にその多くが争いを知らぬ「戦後世代」である。生死を賭けた闘いの中から生まれ出ずる極限の精神力等は到底理解し得ないのが現実であろう。
しかしながらこのような環境に於いても、その目的こそ違え(「健康維持のため」「競技技術向上のため」等々)、永年に渡り弛みなく修行を続けることにより、それまで以上の更なる人間的向上が達成出来るのである。
現在、自身も40余年に及ぶ居合道の修行中であるが、依然としてその神髄には遠く及ばず、今も尚暗中模索の状態にある。ややもすると技の形や、試合に於ける勝敗に終始しがちになる自己の心に警鐘を鳴らしつつ、その奥に秘められた居合道の心と技を修得するべく、今後も更なる修行に励んで参りたいと考えている。「我人生、終生修行也」の言葉を胸に秘めながら・・・。
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