13/05/2026
一昨日は、母の日でしたね、60年も共に暮らした妻は、昨年丁度1ねんになり帰ることができない旅に出かけてしまった。今月一周忌になるので、お寺さんと石材店にお願いして、墓参りをして納骨までしてあげたいとおもっています。最近同年代の親族や、友人たちがい命の灯火消えてしまうためにたびだつどうねんだいのなかまの訃報がたびたびあるのです。残念ながら、どうすることもできず、同じ年代の友や親族が旅立つ同年代の仲間の知らせが度々あるのです。残念ながら、どうすることもできず、同じ年代の友たちののために手を合わせるしかない。親族のくのために手を合わせるしかない。
じ半私も八十路半ばに場に到達し先の見えた歳になってきた、然し私はまだまだあと年超く生きて、3桁のっ歳までたどり着きたいのだ。私も高齢になり明日のこともわからないが、、毎晩散歩して足を鍛えている。私の妻とは年も共に暮らし仲睦まじく暮らしてきた、妻が元気であったなら、レストランで食事をして、友の長く生きてきたことを喜び幡豆でもあったの旅立ちは本当こかなしく、さみしい思ういをするものです。意妻は家事と仕事も頑張ってくれて、元気な妻でもあったし、3人の子供たちも残してくれて、私に今は天国にも¥向かう途中であると思うが、母親は何かにつけて子供たちの事の気配りするものでもあると思う。わたしもむすめちすめと二人の息子に面倒を見てもらうことになる。しかしむすこたちに人生の荒波に身を置いての勉強をしてもらいたいのです。高齢にになった私を追い越してほしいものでもある。😁😆🥰