05/08/2026
\アパリグラハ(非執着)/
ヨガの経典『ヨガスートラ』の八支則。
その最初の部門「ヤーマ」の中に、「アパリグラハ(非執着)」という教えがあります。
一般には、「執着しないこと」「貪らないこと」「必要以上に求めないこと」と説明されることが多い教えです。
しかし、スワミ・クリパル(Swami Kripalu) は、この教えをとても印象的な言葉で表現しています。
「非執着は、限りなく忍耐強く、寛容である。
それは幾度もの人生にわたって、私たちの心の扉の外で待ち続けている。
私たちがそれを迎え入れるなら、知恵と献身、そしてヨガの夜明けは、いつでも訪れる。」
この言葉で興味深いのは、「執着を手放しなさい」と語っていないことです。
むしろ、非執着そのものが、私たちを静かに待ち続けているというのです。
しかも、「幾度もの人生にわたって」。
これは、輪廻転生というヨガの伝統的な人生観を背景にした表現です。
私たちは、何度も生まれ変わりながら人生を経験していく。
その長い旅の中で、非執着という智慧は、いつでも私たちの心の扉の外で待っている。
そして、私たち自身がそれを迎え入れるとき、初めて知恵と献身、そしてヨガへの目覚めが始まる。
この姿勢は、とてもスワミ・クリパルらしい世界観だと感じます。
私たちは、つい「変わらなければ」と思います。
もっと成長しなければ。
もっと手放さなければ。
もっと良い自分にならなければ。
そうして、自分自身を追い立てることがあります。
しかし、スワミ・クリパルの言葉が示しているのは、それとは少し違う方向です。
変化は、無理に起こすものではない。
心の扉を開き、迎え入れる準備ができたとき、自然に始まるもの。
そのために必要なのは、何かを獲得することよりも、自分の内側にあるものに気づき、それを受け取ることなのかもしれません。
現代社会では、欲しいものはすぐに手に入り、分からないことはすぐに検索できます。
効率やスピードが重視される時代だからこそ、「待つ」ということの価値は、ますます大きくなっているように感じます。
アパリグラハとは、単に執着をなくすための教えではなく、本来、自分の内側にある智慧や満たされた感覚を信頼し、それを迎え入れるための生き方なのではないでしょうか。