05/01/2026
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
恒例の初蹴に続いて、父兄後援会、サッカー部OB会、OBチームである明星クラブの総会を行いました。
総会では、日本サッカー協会百年史2023年発刊にある明星サッカーの記載がある箇所を現役部員に紹介し、ご父兄後援者にもお伝えしました。
また、第2~4代校長 ダイバー先生が、大正11年 1922年 豊中運動場で行われた第五回 日本フートボール大会の審判員だったことが判りましたので、明星サッカーの新たな史実として、総会で併せて報告しました。
*兵庫県サッカー協会70年史
*神戸市立中央図書館 蔵書
*️⃣当時は、外人から蹴球を学ぶ、体験することが、最新かつ最強の習得方法であり、神戸外人クラブ(レガッタ&アスレチック倶楽部)との対戦が、挑戦の最高峰であったようで、
大阪でも寄港した外人船員や、第一次世界大戦で収容した旧ドイツ軍兵士の捕虜とも親善試合をして、戦術技術を知ったことが判っています。
こうして、サッカーを通じて、日本の若者達は、西洋式の文化や習慣マナーを身に付けたともありました。
*️⃣ 同じく、審判に神田清雄(錦は誤記)大阪サッカー倶楽部とありますが、日本で初めて【サッカー】と名乗った明星OBチーム 明星サッカークラブの命名者であり、この明星サッカークラブが発展したのが大阪サッカー倶楽部です。この倶楽部は当時の天皇杯である「ア式蹴球全国優勝競技会」(大正10年 1921年開始)に出場し、単独チームで日本代表として
戦前の極東五輪に参加しています。